深海調査で発見された熱水噴出孔付近に生息する古細菌(アーキア)は、現在、生命の起源にもっとも近いものではないか、と考えられています。この古細菌は、核を持たないきわめて原始的な構造をしていますが、材料を得ると化学反応をおこすシステム、つまり代謝系を持っていて、さらに、自分と同じものを複製し、ふやすことができます。つまり、生命の定義とされる現象をおこすことができるのです。生命体と呼べる最少の条件を備えたギリギリの存在なのです。

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熱水噴出孔の一種。ブラックスモーカー(P. Rona - NOAA Photo Library

深海は太陽光も差し込まず、酸素もほぼ無いような極限の環境です。ものすごい水圧もかかっていますし、噴出孔から吹き出る熱水は高温です。こんなところに住める生物がいるだけでも驚きなのに、深海には古細菌だけでなく、様々な生物がいることも判明しています。

古細菌のなかには、硫化水素やメタンから、エネルギーだけでなく、エネルギー源となる炭素化合物(有機物)をつくれるものもいます。このように、エネルギー源となるものを、単純な材料を元に、自分で合成できる生物を「独立栄養生物(1)」といいます。
エネルギー源をつくる能力をもたない生物は「従属栄養生物」と呼び、漂っている成分や、他者が作った有機物を取り込んで栄養としています。また、他の生物や古細菌の屍骸を利用するものもいます。

過酷だと思われる環境でも、そこには数多くの生物が互いに互いの存在を利用して生きているのです。
栄養源を主軸とした生物間の関係性を「生態系」と呼びますが、深海には深海の生態系が築かれているのです。

 
このような深海生命の姿がいつごろから形成されたのかは、まだ謎のままです。硬い骨格などを持たない彼らは化石になって残ることは無いからです。しかし、現在までに、最も古い「生物の痕跡」とされるものが、グリーンランドのイスアというところで、確認されています。これは、およそ38億年まえのものと推測されています。つまり、生物の発生は、それより、もっと前であることになります。


生命の誕生、それは、すなわち「生きる」ことの始まりを意味します。このとき、はじめて、生きるために必要なものを取り込む現象を、「食べる」と呼べるようになった、と言えるのではないでしょうか。生命の誕生は、すなわち「食べる」が始まったことを意味する、と私は考えています。
 
とはいえ、古細菌の「食べる」は、私たちのそれとは、だいぶかけはなれています。深海の古細菌が栄養としているのは熱水に含まれる硫化水素やメタンです。硫化水素は、私たち陸上の生物にすれば、毒性の高い物質ですが、海底の古細菌はこれを取り込み、細胞内の化学反応に利用します。つまり、これが彼らの栄養源であり、これを糧にして、複製・増殖するためのエネルギーを得ているのです。


では、この古細菌の姿から、原始生命体の「食べる」がどんなものだったのか、想像してみましょう。
誕生して間もない生命には、私たちがもつような意識はなかったでしょうから、「食べる」においても、生きるために積極的に行っていた、というよりは、限りなく受動的な、そして行為というよりは「現象」に近いものだったと考えられます。海底に漂う栄養分(2)をキャッチし、細胞内で化学反応がおき、キャッチできなければ死ぬ、あるいは停止している。そして、条件が整ったときには、自分のコピーをつくって、増える。ある科学者の考察では、このような原始生命体の細胞分裂には数万年を要した、としています。また、ある科学者は、たとえば、熱水などによって温度が加わることで、細胞分裂がおきたのではないか、と考えています。とにかく、それほど、彼らの生命活動というのは、私たちから見れば、偶発的で、限りなくゆっくりと、しかし、静かに繰り返されたと考えられているのです。


細胞が増えて行くと、やがて同じような細胞の屍骸であれば、これを活用できるものもあらわれたかもしれません。現在でも、深海の細菌叢をみると、そこには極めて無駄のないリサイクル型の生態系があるとされています。太古の海でも、増えた細胞同士が、互いの存在を利用し合っていた(3)可能性もあるのです。

生態系というと、「食べる者と食べられる者」で形成される地上の食物連鎖の関係を私たちは連想しますが、太古の生態系は、もっといいかげんで、もっと融通のきく関係だったのかもしれません。 
しかし、そこに「食べる」をめぐる関係性が構築されていたことは確かでしょう。 




※(1)さらに詳しく言えば、化学反応による合成で、この栄養を得ていますから、「化学合成独立栄養生物」とも言えます。


※(2)現在までに、おそらく海底の硫化水素などを摂り込み、利用できる嫌気細菌が、最も古い生命体に近いのではないか、と考えられています。:最古の生物は化学合成従属栄養生物であった、と考えられている(エネルギー源を化学反応に、炭素源を従属的立場に)海底で生まれた、とされる最古の生命は、硫化水素をエネルギー源とした細菌だったのではないか、と考えられています。
 
※(3)最古の生態系が、海底の熱水噴出孔のハイパースライムではないか、と考える研究者もいます。
 また、深海のアーキアは、他の屍骸の細胞膜を素材に、自己を形成することも確認されている。究極のエコシステムと呼ぶ研究者もいる 

参考:WIRED 2008.8.5 TUE「ほとんど死んでいる」生物、海底地下の「古細菌」
  (http://wired.jp/2008/08/05/「ほとんど死んでいる」生物、海底地下の「古細/)

  :新・細胞の起原と進化 中村運 P.15
   抜粋「さて、現生細胞は始原細胞と比較にならないほどに複雑で、その進化は高度なレベルに達しています。始原細胞は生命としての“ごく基本的なしくみ”は含まれていたのですが、それはまだ原始的で代謝能率の低いものでした。たとえば、現生で最下等といわれている細菌細胞は、十分な栄養の下で二分裂するのに二十〜三十分を要します。これに対して、推定されている始原細胞はその細胞分裂に数万年を要していたでしょう。それほどに始原生命は代謝能率...」
 
 
  :WISDOM テクノロジー WISDOM編集部 2011年09月05日
  エコテク探訪 第6回 深海底微生物「アーキア」~地球の炭素循環で重要な役割を果たし、毒性の高い物質の分解にも役立つ
  (https://www.blwisdom.com/technology/series/ecotech/item/1837-06.html)

  :Newton  生命に関する7大テーマ P.14,15

  :JAMSTEC:プレカンブリアンエコシステムラボラトリー
「最古の生態系を支える新しい地球ー生命相互作用UltraH3 Linkage仮説の提唱」(2006)(http://www.jamstec.go.jp/less/precam/j/achievements.html) 


  :個人ブログ 太陽系を探検しよう-21.地球生命の起源(5)共通の祖先は超好熱菌http://www.seibutsushi.net/blog/2012/10/1340.html 


  :海洋・極限環境生物圏領域 http://www.godac.jp/education/ms_museum-att/200901_02.pdf

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